平成28年 北海道鍼汪会 平松和馬 H27.1.17
「医方大成論」の来歴、および概要についてごく簡単にまとめた。
内容はほぼ岡本一抱の「医方大成論和語鈔」に拠っている。
医方大成論の成り立ち
「医方大成論」は井上恵理先生の講義をまとめた
「南北経験医方大成による病症論」(東洋はり医学会)の
[はじめに]にあるようにいくつかの段階を経て成立した。
1.南北経験医方集成
中国、西暦1300年前半、元の時代、孫允賢によって全10巻からなる
「南北経験医方集成」が編纂された。
これは孫允賢が、いろいろな医学書から治療効果がはっきりしている処方を
病症ごとに選び出しひとつの書物としてまとめたものである。
主に処方が採用された医書は陳無擇の「三因極一病証方論」、厳用和の「済生方」など。
2.南北経験医方大成
明の時代の彦明公が、孫允賢の「南北経験医方集成」に、
劉河間の「医方精要宣明論」、寶仙老人の「抜粋方」
などにある処方を加えて増補して、名前も「南北経験医方大成」と改めた。
3.医書大全
1300年代の後半、明の洪武年間、彦明公の子孫である熊宗立が
「南北経験医方大成」をさらに増補し全24巻からなる「医書大全」という書としてまとめた。
熊宗立はこの書のほかに難経の解説書などの著作がある。
以上見たとおり、「南北経験医方集成」、「南北経験医方大成」、「医書大全」と段階を追って増補されてきた。
日本における医方大成
原書自体日本に伝わり読まれていたであろうが、初めて翻訳されたのは
1528年、堺の医師阿佐井野宗瑞によってである。
また、「南北経験医方集成」、「南北経験医方大成」、「医書大全」には
各病症名による項目ごとに、そのはじめにそれぞれ病因論、病症論が付されている。
これらの病因病症論は、医学のポイントを適切にまとめたものであり
初学者にとって大変参考となるものだった。
そこで、その病因病症論だけを抜き出し「医方大成論」という一冊の書物としてまとめられた。
白杉悦雄著「冷えと肩こり-身体感覚の考古学」(講談社)によれば
「医方大成論」は、江戸時代の前半期に最もよく読まれた医書であり
日本における中国医書の受容という面で果たした役割はすこぶる大きいとのこと。
医方大成論(医書大全) 序文
「医書大全」のはじめに王元福という人が序文を寄せている。
「医書大全」の簡単な説明になっているので、岡本一抱の「医方大成論和語抄」を参考にしてその大意を下記に付す。
序
医者が蓄えている医学書は、どうしてただ数十種類で収まるだろうか。
しかしその本に書かれている治療法を患者に使ってみても
効くものもあれば効かないものもある。
病に効果をあらわすものははなはだ少ないといえる。
そこで盧陵という所の孫允賢はその時代の良医であり、書物にある薬方は必ず試してみて効果のあっったものをとりあつめて、医方大成という書をなした。
孫允賢がこのような書を作った意図を推察してみると
医者が遠くへ行って治療しなくてはいけないときでも、多くの本を持っていかずとも
この一冊だけで病気治療のポイントがわかるようにと思い立って編集したのだろう。
そのことは、衛生養生をなすものの心に大いなる補助となる。
私は常々、人の生において六気におかされ、七情に感じることなく病になることはないと考える。
前代の名医たちが脈を弁じ、証を論じ、薬を処方し、治療を施すことの道を広めることに頼って
そして、後世の病を退け、命をまもり、生を養う者もこの医方によって自分の命をまもり、年を永らえさせることができることとなった。
このようにかつての名医たちの医道を広めることは、その勲功はなはだ大きなものがある。
医学は占いなどのようないかがわしいものではなく
富貴や禍福を人に告げてあたったあたらなかったという類のものではない。
医学は、占い師のように人の心を見抜いて、富貴、禍福を人に告げるものではないが
その効果は神妙でありすばやくあらわれる。
近くにおいては自らの命をまもり、遠くにおいては人を救うことができる。
もろもろの技術において医学に勝るものはない。
昔の人は、医者を一国の宰相と並べて語ったものである。
今の時代、医学を学ぶもののうち難経六十一難にあるような
望んで知る神や聞いて知る聖は当然だが、問いて知る工や切して知る巧すら見つけることは難しい。
私王元福は儒学者であり医学の専門化ではないが常に医学書を読んでいる。
医学書に書かれている脈法、病症、治療法、病因は全て五行の造化、変化、相生相剋の理論から外れるものはない。
だからこの五行の造化の理論を身につけることができれば
脈法、病症、治療法、病因についての理論も明らかとなる。
考えてみれば、いろいろな本にみえる治療法は本当に多いが
今の人でそれらをうまく用いているものはほとんどない。
経験のある老医でさえ一度も試みたことがない治療法がある。
それならば普通の医者であれば、ますます手持ちの治療法は少ない。
また効果のある治療法がひとつの書物にまとまって載っているわけではなく
いろいろな書にあたってよい治療法を探さなくてはならないが
全ての書物を蓄えておくこともできるわけもない。
孫允賢はいろいろな効果のある治療法をあつめて医方大成と名づけた。
各病症名のはじめに陳無擇の三因方や厳用和の済生方などもろもろの医師の説を集めて病論を置いた。
この病論で述べられている理屈をよく理解して
その論説にあわせて治療に持ちうべき方法を求め考えれば
どうすればいいかはっきりとわかるよう願ってこの書物を編んだのであろう。
この書を世間に広めれば、この本を見るだけで、すぐにいい方法を見つけることができようになる。
この書は効果のあるよい方法がことごとく集められているので
効果のない治療法をたくさん蓄えておくという無駄を省くことができる。
また、遠くへ旅行するときも、多くの本を携える必要もなく、この書一冊で不足なく事足りる。
あるいは、衛生養生のひとつの助けとなる書物である。
辛酉至治初元 文江ノ王元福 序
医方大成論 内容目次
序、風、寒、暑、湿、傷寒
瘧、痢、嘔吐、泄瀉、霍乱、秘結
咳嗽、痰気、喘急、気、脾胃、翻胃、諸虚、癆瘵
咳逆、頭痛、心痛、眩暈、腰脇痛、脚気、五痺、五疽、蠱毒、諸淋
消渇、赤白濁、水腫、脹満、積聚、宿食、自汗、虚煩、健忘、癲癇
陰タイ(ヤマイダレに頽)、痼冷、積熱、吐血、下血、痔漏、脱肛、遺尿失禁、咽喉、眼目、耳、鼻
口唇、牙歯、舌、五臓内外所因證治、癰疽瘡癤、瘡疥、瘰癧、折傷、救急諸方
婦人調経衆疾論、孕育、胎前、産後、小児論、臍風撮口、口瘡重舌、夜啼客忤
急慢驚風、胎熱胎寒、盤腸、感冒四気、疹痘
全部で72論よりなる。婦人科、小児科の内容まで網羅されている。