人は心臓が止まって死ぬと考えられています
東洋医学では呼吸が止まって死ぬと考えると
納得のいくことが多いです
実際は死んでみないとわからないと
私の師匠は言っていました
そのとおりだとおもいますが
東洋医学の理論で、いろいろ考えてみます
生きているのは氣があるから、氣とは東洋医学では呼吸のこと
生きているというのは、物体が動くということです
東洋医学では
モノを動かしているものは氣だと考えています
氣があると動きます
東洋の医学でなく、哲学でいうと
氣はいろいろな考えがあります
が、今回は医学の範囲に絞って考えますと
答えは簡潔です
見えない力=氣=モノを動かす見えない力
という風に考えています
ですから、生きている=氣がある
ということになります
また、東洋医学における
人体の生理学では
氣をつかさどるのは「肺臓と呼吸」です
ですから人間は心臓が止まってではなく
呼吸が止まって死んでしまうと考えるのです
呼吸の作用は他の臓器で代行できない
東洋医学の考えでは
呼吸は他のことで代用できない行為です
東洋医学での五臓六腑の生理学では
大抵のことは腎臓が一時的に代行してくれます
腎臓は成長、発育、精力、智力などの能力を持っています
五行の木火土金水のうち、金以外の能力をもっています
金は肺臓で呼吸です
呼吸の能力だけ持っていません
東洋医学考えると
人間は呼吸が止まって死ぬ
と言えなくもありません
人はなぜ明け方近くに亡くなることが多いのか?
東洋医学では五臓六腑が担当する時間がそれぞれ決まっています
肺臓は午前3時から午前5時まで
その時間に調子の悪い人は
肺臓や呼吸の調子が悪いです
そして呼吸が止まりやすいのが
明け方のこの時間です
重病人などで一晩持てば希望が持てる時
「今夜が山だ」という言い方をします
これを東洋医学で解釈すると
肺臓の時間を無事に過ごせば
呼吸の能力が失われていないので生きる能力がある
という意味だと思います
東洋医学の時間配分はコチラをご参考下さい